厄年に病気続きだとやっぱり怖い!何かあるのでは、と思う時知りたい2つのチエ!

厄年にさしかかると、普通通りの生活ぶりでも不安になってしまう。
その厄年の最中に病気続きになったら余計に心配してしまうはずだ。

頭では何も根拠がない、とわかっていても、厄年に病気続きとか災難続きだったり、またちょっと不運に見舞われたりすると、どうしても結びつけて考えてしまう。

でも確かに、病気続きになったりするのは確かにある程度はそういう年回りが関係しているかも知れない。
そこにはちゃんと根拠もありそうだ。

その説明と、じゃあどうやってそれを切り抜けるのか、そのためのチエを知っておくとよい。

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古くからの経験に支えられた生活の知恵。確かに病気続きや災難に遭いやすくなる?

まず、よく聞かれるのが厄年には何の科学的な根拠もない、という主張だ。

でも一方で、そういう年回りを人生の節目で、その年には病気続きになったり、体調の変動も大きくなりやすいと言う考え方もよくされる。

例えば女性の厄年は本厄だけ並べると19、33、37、61歳となっているけれど、その年には体や生活の変化の節目と捉える。
そして同時に仕事や人間関係にも変化が出て災難に結びつく出来事が起こりやすいと考えるわけだ。

もちろん病気がちとか、そういう一生のうちのバイオリズムは個人差がある。
すべての人が同じ特定の期間に悪いことが起こるとは限らない。

でもやっぱり病気がち、病気続きになったり不幸があったりする年だという戒めのような意味もあるのではないか、と考える人も多いし、確かに当たっているとも言えるのではないだろうか。

確かに厄年がそういう大切な年に当たる人も多いし、一言で単なる迷信、と払いのけてしまうのは急ぎすぎだ。

病気
病気続きだと気も弱くなって、年回りのせいにもする?

メンタルに関係する出来事ほど影響が大きくなる

そして、メンタルな部分が大きく関係する出来事では、そういう年にさしかかると、やはりどこか普通と違うと感じてしまう。
思い込みもあるけれど、余計に悪い結果になりやすい気がする人も多いはずだ。

よく指摘されるものとしては仕事上や様々な人間関係、運転の不注意による事故などだろう。
実際こういうことについて、厄年には酷い目にあったような体験を多くの人が語っている。

中でも離婚とか浮気の問題。
統計を見れば決して厄年に限って飛び抜けて多いわけでもない。

けれどそういう年に不幸なことが重なると、どうしてもそういう心の動きがネガティブになりやすい。
それが実生活に悪い影響をもたらして、余計に心配してしまう。

心配事は本当になるというのは真実?

そういう不幸な出来事とか災難がおこるのは、一つには自分でそういう心配を絶えずしてしまって呼び寄せてしまう、というスピリチュアル的な考え方がある。

スピリチュアルというと眉唾みたいなものだけれど、病気続きだとつい気も弱くなってしまう。
そのために考えてしまいやすくなるし、もともと厄年だってそういう要素を含んでいたりすることもある。

そして厄年と並んでよく嘘だというそしりを受けてしまうものだけれど、100%全くのデタラメだとも決めつけられない。

また確かにそういうスピリチュアル的な経験をしたとか、霊の存在を信じている、と言う人も後を絶たない。

本当か嘘か、その真偽はわからないけれど、それでも信じる人がいる。
それ自体は事実なわけだし、そういう人たちを筆頭にして、
「心配したり気にかけていて絶えず思い続けると、それが本当になることもある」
ということを信じる人も多いだろう。

そして信じている限りは宗教と同じで、そういう人たちにとっては正しい考え方になる。

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厄年の自分のために周囲に災難が降りかかると考える場合も

そして自分がこんな目にあうのはそのため、みたいに考えてしまうのもそんな時が多いはずだ。

たとえ自分自身に病気や事故が起こらなくとも、自分の周囲の人にそういうことが起こる、とまで考えてしまう人だっている。

そして自分の厄年のせいで、家族や友人、仕事先の同僚などが病気続きになってしまう、と考えるのだ。

厄年を追い払う2つの方法とは

でも、こういう厄年は誰だってどうにかして避けたい、と思うのも人情になる。

そういう年の巡ってきたとき、病気続きとか事故が多い、家族に不幸ばかり起こる、などということが少しでもないようにするには、2つの方法がある。
最後に、それをお伝えしてみよう。

一つには神社やお寺で厄払いとか厄除けのお祓い、祈祷を受けること。
お守りを買ったり、お参りしたりすることだ。

神社
お祓いやお参りは気持ちを晴れやかにするのに効果的。

科学的な根拠は薄いし、いわば気休めの効果とも言われるけれど、それでもそういうことをして、心配になる気持ちが和らぐのならむしろ良いことではないだろうか?

もう一つは、実際のこととして厄年に幸運な体験をしたという人も多い。
そういう人の実体験をどんどん知っていき、できれば実際にそういう人に会ってみることだ。

元々が迷信として定められている年なのだから、中にはラッキーな一年だったと言う人もいたっておかしくないし、確かにいたりする。
現にいろいろ探ってみると、厄年なのに良い男性と出会えたり、仕事が上手く行った、結婚して子供ができた、と主張する女性がたくさんいる。

そういう出来事に、じかに接してみること。
それで自分の心の中にできてしまっている凝り固まった思いを溶かしていくのだ。
厄年で果たして本当に悪いことばかりなのか、病気続きの人は多いのか、といえば、くどいけれど自分たちの思い込みという部分が大きい。
そのような心のあり方こそが問題で、それが災難を深める原因にだってなってしまう。
だからそれ自体を変えるのだ。

そのためには実例を一番身近に見たり聞いたりすること。
あるいは自分自身で体験してみることが一番手っ取り早い。
チャンスがありしだい、ぜひ積極的に試してみるようオススメしたい。

宮崎今日子

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