初詣に神社とお寺の両方に行ったけど?大事なことさえ押さえておけばノープロブレム!

初詣の時期が近づく中、神社とお寺のどちらにお参りする予定を立てていらっしゃるだろうか?

私はこのところ、毎年両方にお参りしている。
というのもそれなりに大きな神社やお寺が住んでいる場所から近くにあるので、正月休みにのびのび友人とゆったりできる最高のチャンスだからだ。

でも中には神社とお寺はずいぶん違う場所だから、あまり両方行くのはやめた方がよいのではないだろうか?と考える方も多いようだ。

なので実際、初詣などの参拝には神社とお寺のどっちがふさわしいのか、そして両方回ってしまうのはいけないのかどうかをお伝えしよう。

スポンサードリンク

神社とお寺はむしろ切っても切れない関係?両方回るのも大丈夫!

はっきり言って、初詣などで神社とお寺にお参りするのはどちらでもOK。

確かに作法のちがいがあったりするけれど一日の内に両方回ってもかまわないし、神社を複数、お寺を複数回ることだって大丈夫だ。

私も実は以前、両方とも一日に回ったりするのはいけないかな、とも思っていたのだが、知り合いのお寺の人や神社の関係者などに問い合わせてみたりしたら、別に何の支障もない、好きなだけ巡ってください、といわれてしまった。

元々神社とお寺は争っている関係ではなく、明治維新前には神仏習合(しゅうごう)といって、神社の神道(しんとう)とお寺の仏教をごたまぜに崇拝していたりした時代があった。

要するに持ちつ持たれつだったのだ。

その名残と言うべきか、たとえば奈良の東大寺の近くにある二月堂の前には神社のほこらがあったりする。
東大寺二月堂
神社とお寺の両方にお参りするのは避けた方が良い、という理由は、たぶん神様と仏様とが争ってしまうかも知れない、という心配から来ているのかも知れない。
だがそれは後で述べるけれど、全く別な問題になる。

とにかく神社でもお寺でも初詣は好きな方へ行ってお参りして良いし、複数のお寺や神社に回ることだって大丈夫。
それどころか、むしろご利益が重なってくるのでオススメしたいくらいなのだ。

作法のちがいだけは知っておくと得!

ただ、作法の上では確かにちがいがある。
とくに神社はお寺よりも覚えておくべき作法が多いので注意しておく必要があるだろう。

注意と言っても大体大きな神社だったら境内などに作法についての案内書きが書いてあるので、それを見れば大丈夫だ。
念のため、神社の作法について説明すると、以下のことだけ押さえておけばまず大丈夫。

1.鳥居の前で一礼し、参道は真ん中を開け、脇を歩くこと。
2.社の前でまず鈴を鳴らして神様に自分が来たことを知らせる。
3.賽銭を入れる。
4.二礼、二拍。二拍の手を打つ行為は、自分にやましい心がなく、神様の前で純粋な気持ちでいることの証(あかし)になる。
5.そして願い事を祈る。
6.最後に一礼。
7.来たときと同じく、参道の脇を歩いて鳥居をくぐり、一礼。

これがお寺だと、境内にお焚き場があるときはそこでまず線香を焚き、その後本堂の前に置いてある賽銭箱に賽銭を入れ、手を合わせて願い事をする、というだけの行為になる。

どう考えてもお寺の方が簡単だが、神社も元々神様の居住地なわけで、ある意味お寺よりももっと神聖な場所になるかも知れない。

だから個人的な感想として両方とも一長一短があるし、そうであれば両方お参りするのがもっとも話が早い。
そんな安直に考えて私の場合、毎年このところは神社とお寺の両方に初詣に出かけていたりする。

スポンサードリンク

初詣で一番大切なことは何?

でも結局のところ、初詣に行く人はほぼ日本人だったら全員が行っているにちがいないし、行けばご利益がある、というならばそれこそ初詣に行った人全員にご利益があってしかるべきだろう。
でももちろん現実的にはそういうことなどあり得ない。

だから神社やお寺にたとえ両方行ったとしても、ご利益めいたものを本当に期待するのはムリだろうし、むしろ初詣も含めてそういうお参りすると言うことの意義をどこかでしっかり理解しておく必要があるのではないだろうか。

そこであらためて考えなくてはいけないのは、神社やお寺で手を合わせること、そして願い事をすると言うのは結局どんな意味があるのだろうか?ということ。

現実のことを考えれば意味などない。
そう言い切って良いかも知れない。

だからあくまでこういう行為というのは、心の有り様の問題になるにちがいない。
祈り
私のように両方にお参りする人もおそらく少なくはないと思うが、神社などで手を合わせると言うことは、心を神様や仏様にしっかり向き合わせることを意味すると言って良いにちがいない。

神様がいるかどうかはわからないにしても、そういう気持ちを自分が持てるかどうか、そういう神聖な場所に赴いて心の中でさえも手を合わせることがきちんとできているかどうか。
そのようにして、自分の心を整理して素直になること。
そのための場所という風に考えて良いのではないだろうか。

あくまでもこうした思考は私個人から出たものなので、人それぞれに考え方があるかも知れない。
でも初詣も年一回の大きな行事。

一年に一度はそういう自分の心を深掘りして考えてみてもよいにちがいない。
初詣を計画している方々の心の中で、私のこうした意見がどこかででも参考になっていただければ幸いだ。

櫻井雅子

スポンサードリンク