男運を上げるため神社で祈願?その前にぜひ心にとめておくべき二つのこと!

神社でお参りして、男運を上げる事って本当に出来るの?ということについて語ってみたい。

独身女性がアラサーの身になってしみじみと感じるのは出会いの少なさだ。
そして出会ってもなかなか良い男性に恵まれない、つまり男運がない、という失望感。

だから「ひょっとして私の身に見えない何かがあるんじゃ?」と考えるのも人情だ。
男運を上げるために神社にお参りしたりお祓いしたりしてみたい、と思うのもすごくうなずけたりする。

確かに祈願すれば何かの“効果”はあるのかも知れない。
でも、よくよく考えれば相手は「神様」。
動機がどんなものにせよ、神社に興味を寄せるのも良い事だと思う。
けれど実際どうなのだろうか?

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確かに神社で祈って男運を上げる人もいる?

婚活で20代の頃と違い、アラサーとなると一気に男性の注目度も激減。
それこそ万策尽きたような年齢になってしまった。

言い寄ってくる男性がいるかと思えばなんだか胡散臭い、遊び目的みたいな感じだったり、自分とはかけ離れた年齢だったり。

ここでどうしても男運を上げる必要に迫られる、そういう切羽詰まった気持ちから神社へ言ったりしてお参りし、ごりごり祈願したり、またはお祓いを受けたりする。

そういう行為自体、決してとがめ立てできるものでもないし、確かにそういう見えない何かが作用して、今の今まで男運が無い状態だったという場合だってある。

私もある女性と知り合いになっていることから、そういう祈りの場所、けっこう特別な目で見ることが多いのだが、あくまでも神社というのは“神様”がいる場所。

そしてその神様に男運を上げるように祈願する、お祓いすることとなるわけになる。
神様だから当然、祈ればなにがしかのご利益みたいなものは有るかも知れない。

よくよく私自身も自問自答などするのだが、はたして神様にお願いするとき、どんな気持ちがこちら側に必要になるかということ、これが一番大切になるのではないだろうか。

つまり、神様に頼んでこうして欲しい、ああして欲しい、と願い、そういう願いがかなったように「見えた」 ら聞き届けてもらえた、そうでないときにはそうではなかった、ということになる。

要するに、神社で困ったときの神頼みをすることで、自分は神様とつながりが出来た、とも思えるし、また暗示のような効果によって、そういう願いが実現出来た「要に見えた」という部分もあったりするだろう。

神様は人の心の底まで見通す!男運を上げる祈願をする前にすべき努力をしているか?

だが、そういう気持ち自体、そもそも自分自身で100%出会いを見つけよう、良い人を探そう、と努力しているかどうか。

私も神社で祈願したりしたことがあるけれど、祈った後、このことがどうしても私自身にも腑に落ちない疑問となってしまう。

人というのは独りよがりなもので、そういう祈願などになると、自分の幸福、ひいては“自分の思い通りの人”との出会いに絞るようなところがあったりする。

他の人の不幸は知ったこっちゃない、とにかく自分だけ、というわけだ。
神社
これは上にもちょっと挙げたけれど、スピリチュアルな話に明るいこの女性もよく語っていることになる。

神社で神様に祈願するとき、神様の方で人間に望んでいることが2つほどあるそううだ。

両方とも人間の心のありように関するものだが、神様と人間は結局心でつながっている。
だから当然と言えば当然になるだろう。

その神様の望んでいることに対して、はたして人間のほうですべき努力をちゃんとしているかどうか。
それを祈願するようなときには常に自分に問いかける必要があるのではないか?とうのがこの彼女の説だ。

自分の心が正しくなっているかを考えること

神社で男運を上げるようお参りして祈願したり、神主さんに祝詞(のりと)を上げてもらってお祓いしたとしても、確かにそういうご利益野草いう風に思えるようなものもないわけではない。

だが結局、神様の方でどんなことを人間に求めているのか?
このことを考えれば、男運を上げるために神社へお参りする、という行為自体が後で自分自身にとって考え込んでしまうタネになるかも知れない。

神様が祈願する人間に求めることの一つは“真心”。
打算のない、あるいは他の人を不幸に陥れようとするような気持ちのない、曇りのない気持ちで祈るべきだ、ということ。

もう一つは、自分「だけ」幸せになることばかりをねだることになってやしないか、ということ。
自分一人だけが幸せになろうとする、そういう気持ちを神様は絶対認めない、嫌うものだと彼女は語るのだ。

「そう言われてもなんとなくピンとこない人は、たとえば自分が神社の神様の立場になった時を考えればいいわけよ。

「そのうえで、自分に対してこういう祈願をして欲しい、と思うかどうかよね。普通はいやがるでしょ。
「結局それは神様と自分たち人間とが心でつながっているからそういう気持ちになるからなんだよね」

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男運を上げること、とはそういう風にきっちりと自分、とりわけ自分の心を見つめ直すことも大切になる。

そして出来るだけ自分の心を正しくすることが大切なようだ。
もちろん神社で祈願する前のこと、としてだ。

男運がない原因には自分自身にも責任が?

そしてこれも男運を上げるためにとよく神社やお寺などに行って、一生懸命祈願する人にありがちなのかもしれないが、出会う相手に対してはことさらに厳しい条件を並べたりする人も多い。

しかしながら結局、岡目八目みたいなところがあるけれど、とその彼女は言うのだが、そういう人は自分自身の事については結構スルーして無視な場合が多いようだ。

そういう場合、結局出会おうとする男性の有り様は、自分にとって“都合が良い男”でしかない。
「こういう女性は、極端なハナシ自分の希望年収に一円でも欠けていたら不満を投げる人もいるかも知れないよね。出会いということ自体を『神の配剤』として、もっと厳粛にとらえる必要があるんじゃないかと思うよ」

私自身、婚活で相手の男性の条件にそういうエゴが出るから返す言葉がないけれど、とにかく本当に相手の男性に対して自分が正しく条件付けしているかどうか、それを見極めたければ、出来るだけ自分と同じことを男性の条件に付けている婚活女性を観察すれば良い、とのことだ。
要するにさっきの神様の立場になったハナシと同じ、ということになる。

「そういう風にして、第三者の目になって自分の有り様を見たとき、どう自分に映るのか?」
そういう風にして“人の振り見て我が振り直せ”的に考えていけば良いと語る。
おみくじ
神社の神様も(私はいると信じているけれど)、いろいろな参拝者を相手にしていて大変だろう。(笑)
だが、本当に神社に詣でて男運を上げるには、神様と心を通わせるのがまず大切になる。
そのためには人間の方で出来るだけ心をピュアにしなくてはならない、このことはまず間違いないだろう。

ご利益があるかどうかはその上でのこととなるし、それこそおそらく“神のみぞ知る”だ。

真剣に、誠心誠意を尽くして祈ること。
自分だけでなく、多くの人たちの幸せを同じくらい願うこと。

そしてそういうピュアな心であってはじめて良い男性とも出会えるにちがいない。

増田えりか

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