略奪愛はその後別れることが多くなる?いろいろなことを考えてお伝えしてみた!

他の女性の彼氏。
それを略奪愛することはいろいろ言われている。
それが成功しても、その後については別れたり不幸になったという声も多い。

だが私はそういう略奪愛、その後本当に別れや不幸などの事実と、世間のモラル的な判断とは随分かけ離れがある、と思うのだ。

略奪愛という言葉はあまり聞こえが良くないけれど、その後別れることなく結婚している人たちや、不幸な目にあうことがない人たちだって多いはずだ。

だからここで略奪とい行為は一体何か?
それを考えてみたい。

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その後が不幸になろうと恋愛の一つとして略奪愛は確かに認められる?

最初にはっきりと語っておきたい。
略奪愛というのは恋愛の手法の一つ。
恋愛はそもそも自由なのだから、そう認めるべきなのだ。

ただ、略奪愛と言ってしまうとイメージ的にどうしてもインモラルな感じがしたりするため、その後は絶対別れや不幸な結末が多い、というのは、世間の人たちが確かにそういう不幸を呼ぶべき恋愛の仕方だという願望の表れではないだろうか。

略奪愛を私は全て肯定するつもりはない。
だが、中には認めて良い場合もあって良いと思う。
私のスタンスはこういうことになる。
カップル
その理由はこの略奪愛という言葉の「曖昧さ」だ。
確かに婚約していたり、既婚者の異性を自分の相手にしてしまうのは、どう考えても問題がありすぎる。

その時には自分のそういう行為によって不幸に落ちる人たちも周囲にいたりするし、また自分がその男性と一緒になったためにその後、別れた人とかあるは子供達がいたりするわけだ。
これで不幸にならない人がいない、とは誰も言えないはずだ。

だがむしろ最初に不幸な関係で一緒になっていたりするなどしていて、その後そういう相手から別れさせること、によってより良い幸せを得られる、そういう可能性があるとしたらどうだろうか?

その後中には別れてしまう運命だとしても、一概に良くない行為だった、とその略奪愛を咎めることは難しいのではないだろうか?

一つの考え方として、略奪されたもともとの二人というのは、他人から容易に略奪されるような浅いつながりでしかなかったのかもしれない。

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不幸の原因は略奪愛そのものではない?

その後、別れや不幸がやって来やすと言われる 略奪愛。

しかしながらよく考えてみると、たいていの人たちは多かれ少なかれ略奪しているのかもしれない。

今カップルになって恋愛中、そして結婚して家庭を築いている夫婦。
そういう人たちの過去を振りほどいていけば、どこかで多少なりとも心を許したり、好きだった別人がいたりするはずだ。

略奪愛を厳密に考えればの話になるけれど、そういう過去を持ち、その記憶がある限り、その気持ちが薄らいでいき、同時に今付き合っていたり結婚していたりする相手の方への想いが優っているだけに過ぎない。

だが果たしてそういう全ての人に、不幸がのしかかってくるものだろうか?

私は思うのだが、 略奪愛してその後、別れたり色々と周囲や職場などでも居辛いケースになることは確かに多くなるのかもしれない。

だが、多かれ少なかれ、一緒になる二人というのはそういう過去を自分たちなりに「清算」しているはず。
だから今現在、一緒になっていることになる。

だとすれば、そういう略奪愛だと自分自身で自分たちを捉えてしまうことで、帰っていっそう不幸な目に合わせているのではないだろうか?

その後別れたり、辛い境遇になったりするのも、いくばくかは確かにそういう自分たち自身の心の弱さのようなことから出て来たともいえるに違いない。
もちろんそれでも、あくまで「略奪」のいきさつとか程度の問題によると思うけれど。
女性
でも、そういう風に不幸を自ら呼ぼうとするのではなく、あくまでも自分たちの行為というのは正しかった面も多い。
そういう気持ちを持つべきではないだろうか?

でなければ、せっかく前の相手を振り切って自分と一緒になってくれた彼氏に申し訳がないはずだ。

話が戻るけれど、そういうわけで特殊な場合でない限り恋愛は自由。
そう言い切れる背景には、誰でも幸せになる権利があるからだ。

だがその背後には、同時に他者を不幸にすることにも繋がるし、その責任をも負う覚悟が必要になる。

権利だけしか考えないと、自分のことしか考えなくなり、それでその後別れたり、
幸せになるつもりがかえって不幸になったりするのではないだろうか?

略奪愛のその後、別れなど嫌な結末を避ける気持ちがあるならば、こういう権利と責任のバランスは大切にすること。
それをぜひオススメしたい。

増田えりか

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