小林麻央が緩和ケアで余命の憶測が再浮上?全てを受け入れて語り続ける彼女の勇気とは

小林麻央さんがブログKOKOROで緩和ケアを受けている、と告白して以来、以前からささやかれていた彼女の余命について、再び憶測が多数浮上している。

ブログの中では毎回現在の心境と病状、家族など周囲の様子を透明な言葉でつづっているが、自身が末期のがんであること、そしてそれを医師から正直に話されて以来、おそらく余命の噂自体にも真摯に向き合う彼女の姿には、同じ病気で今苦しんでいる方をはじめ多くの女性達から激励のコメントがつづられている。

だが緩和ケアというと、確かに病巣を全て取り除くような根治的な治療ではない、末期症状に伴う苦痛を止めるに過ぎない治療、というのは素人でも分かる。

小林麻央さん自身、この緩和ケアという言葉を直接にブログに掲載はしていないが、間接的にそうと匂わせる発言はしているのだ。

その時いったいどんな心境だったのか、それを推し量ることもはばかられるとはいえ、実際本当に彼女の余命を左右するものであるのかどうか、今の彼女の状況とともに考えてみよう。

スポンサードリンク

緩和ケアだからといって余命宣告ではない

小林麻央さん自身も間違いなく医師の方から説明は受けているに違いないが、たとえ彼女が本当に緩和ケアを受けたからと言って、もう治しようがない、助からない段階にまで病状が進行している、余命がはかられる、などというわけではない。

このことは先に小林麻央さんを応援している方々のためにもはっきりしておきたいのだが、緩和ケアというのはそういう末期的な段階でももちろん施されるものの、むしろ病気のどんな段階であっても行われうる。
もともとそういうものだ。

確かに彼女の乳がんはすでに肺や骨にまで転移が広がっていて、そのためにステージⅣの末期がんと認識されているのだが、実際このステージの乳がんの5年生存率を見ても他のがんよりも非常に高いことで知られていて、統計によっては30%を超えるのだ。

このためもあって、乳がんというのは“あまり悪さをしないがん”とも言われることがあるし、“死なないがん”などとも揶揄されるのもそのためだ。
hospital
小林麻央さんが受けていると噂されている緩和ケアというのは、一般的な理解では
「回復が見込めない患者に対して、延命措置によって生じる精神的、身体的な苦痛を減らし、“より人間らしく”生きることを重視した治療法」となる。
つまりもう治らない病気だから、むしろ治療による苦しみよりも安楽な残りの人生を過ごせるよう取りはからう治療、ということになるだろう。

普通の人の一般的な理解の仕方も大方こういうものなので、どうしてもこの緩和ケアを受けたというと余命宣告、あと幾ばくもない命ととらえてしまう。
だが本当の緩和ケアというのは上記の通りで、これだけではもうじき命がつきるなどと言うのは早計だ。

スポンサードリンク

QOL と局所コントロールの手術や治療が緩和ケアの噂に

ただ、それでも小林麻央さん自身、ブログKOKOROの中でそういう緩和ケアを連想させる一環として、先頃に「局所コントロール、QOLのための手術」を受けたことを報告している。
これは紛れもない事実だ。

QOL(Quality of Life)は文字通り「生活の質」を高める目的の治療で、大まかな理解になるが結局これが一般的に考えられている上記の「緩和ケア」の意味と一致すると考えて良いようだ。

そして局所コントロールというのは、全身的な治療や根治がすでにできなくなっているために、体の部位の中でも症状の酷い部分や、放っておくと相対的に悪影響が出やすい部分について、そこだけを局所的に治療するというもののようだ。

専門的な説明を省いているので舌足らずがあるかも知れないが、大方はこういう考え方でよいと思う。

小林麻央さんが緩和ケアを受けているというのはあくまでも噂になっていることであって確たる情報ではない。そこから出た余命の噂も同様だ。
operation
だがこうしたQOL、局所コントロールを受けていると彼女はブログではっきり語っている。

ある意味自ら緩和ケアを受けているという噂の立つのを覚悟して招き入れているし、一般的な人の見解をそのままに自身にも当てはめて考えているのかも知れない。
そうだとしたら、その彼女の勇気の所産とも考えられるだろう。

「生きたい」を「生きる」に言い直した小林麻央

末期がんになるとどうしても余命宣告など、深刻な話題がついて回るのだが、小林麻央さん自身、そういうステージⅣという深刻な状態であることを自身でありのままに理解しているし、その病気に対する自己の姿勢とか考え方を、KOKOROの中で余すところ無く書き続けている。

最近彼女がコメントをブログに書き込んだ彼女のファンに啓発を受けて、これまで思い続けていた『生きたい』という心情を変え、『生きる』に直していることを伝えている。

要するに「そうありたい」という願望のままの表現はやめて、「もうすでにそれを手に入れた、達成した」という表現に直したということだ。
非常に含蓄の濃い言葉のあり方で、彼女の指摘するとおり、「~したい」ではそれを永遠に達成しないままの状態を自分に貸しているようなものとなる。

言葉というのはたわいもないように見えていて、実のところ思考とか現実の有り様を大きく変えてしまうことがあるといわれている。
それを悟った彼女も、教えてくれた投稿者の方もすばらしい見識の持ち主と言えるだろう。

こんごも小林麻央さんが、自分の病状について切々と下事実を伝えていくこととなると思うが、そのつどまた余命などについての憶測が浮上してくるに違いない。

それをわかりきっている上で彼女は書き続けているのだ。
太鳳でブログ運営から得る収入を目当てにしているという噂もあるが、そういう噂すら受け入れているはずの彼女の姿は、他の女性には見られないような気高ささえ感じるのではないだろうか。

大変な事情の中、あえてブログでそういう自身の事実を語る彼女の勇気。
私自身も心底敬意を惜しまない。

宮崎今日子

スポンサードリンク